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FHって?-遺伝とコレステロール-
内科はよく消化器内科、呼吸器内科など、胃腸や肺といった臓器ごとに分かれますが、私の専門分野は、「動脈硬化」という、臓器ではなく体全体に張り巡らされている「動脈という血管が硬くなったり細く詰まったりする現象・変化」です。動脈硬化は色々な原因で起こりますが、そのひとの食事や運動の量や質などの生活習慣と年齢を重ねることで進みやすいのが一般的です。
皆さんのからだには酸素や栄養素を細胞に届けるため動脈という血管により、からだのすみずみまで血液が流れていますが、そこにコレステロールという細胞膜の元や色々なホルモンの合成に重要な役割を果たすものが含まれます。そのなかでLDL(Low Density Lipoprotein:低比重リポ蛋白)コレステロールは通称、悪玉コレステロールと言われます。成人し高LDLコレステロール血症と言われる血中に過剰な状態が続くと、血管の壁に取り込まれプラークと呼ばれる血管の壁を厚く、内腔を細くさせる変化が進み、冠動脈という心臓を動かす血管や脳の血管が詰まる心筋梗塞、脳梗塞などのいのちを危険にさらす病気を起こしやすくなるためです。
皆さんは中学校で遺伝という、世代を超えてからだの特徴が引き継がれる現象について学びますが、残念ながら病気になりやすいかにそれも関わります。身近な病気の大半は、複数の遺伝子が関与した「遺伝要因」と生活習慣などの「環境要因」が絡み合った「多因子疾患」と呼ばれます。一方で、一つの遺伝子だけにわずかな違いがあるだけで起きる病気を「単一遺伝子疾患」といいます。
そのなかに家族性高コレステロール血症(familial hypercholesterolemia:FH)という病気があります。動脈硬化は生活習慣と年齢の影響が大きいですが、FHは(例外はあるものの)皆さんが学ぶ「メンデルの法則」に従い血中のLDLコレステロールが生まれつき高い特徴を引き継ぐため、若いときから動脈硬化が進む「単一遺伝子疾患」です。大部分の患者さんは、血中のLDLコレステロールが高いこと以外、特に症状はありません。一部には、コレステロールが沈着した黄色い隆起(皮膚黄色腫と呼ばれます)が、手の甲、膝、肘、まぶたなどに見られます。
片方の親から特徴を引き継ぐヘテロ接合体は一般人口の200~300人に1人と遺伝性疾患で最多頻度です。特に冠動脈に影響が強く心筋梗塞などを発症します。LDLコレステロールは通常、肝臓という臓器に取り込まれて処理されますが、FHの場合、LDLコレステロールが肝臓へ入りにくく、からだに溜まってしまいます。法則に従って遺伝するので、親、兄弟、祖父母など血のつながったひとにも生活とは無関係にコレステロールが高く心筋梗塞などを発症しやすいひとがいることになります。一般人口の心筋梗塞を含む冠動脈疾患で亡くなる確率が約5%であるのに対して、FHでは約60%ととても高く、男性では早ければ20歳代から、女性では30歳代からと若くして心筋梗塞などを起こし、過去の統計では寿命が約15年短いことが分かっています。
オリンピック競泳平泳ぎで金メダルを獲った北島康介さんの最大のライバルで、ノルウェー初のオリンピック競泳メダリストだったダーレ・オーエン選手も26歳の若さでFHによる心筋梗塞で亡くなりました。そのお祖父さんも42歳で亡くなっています。両親がFHのホモ接合体は36~100万人に1人ですが、乳幼児期でも心筋梗塞を発症します。
コレステロールを下げると体に悪い、高い方が良いという考え方もあるためか、生まれた時から血中LDLコレステロールが高い以外に他のひとと何も変わらないのに、若いうちに心筋梗塞を起こすひとがいる事実は皆さんに届きにくいのですが、令和2年に「循環器対策推進基本計画」という国の計画が決定され、その中で「子どもの頃からの国民への循環器病に関する知識(予防や発症早期の対応)の普及啓発」、「小児期・若年期から配慮が必要な循環器病への対策→小児期から成人期にかけて必要な医療を切れ目なく行える体制を整備すること」が明記されました。
日本のFHの診断率は約1%と世界でも恐ろしく最低の部類です。小児期に血液検査を受ける制度を設ける国が多い中で日本は見つける術を持ちません。心筋梗塞などの危険にさらされるリスクは累積仮説と言われ、生まれた時からLDLコレステロールがどの程度の期間長く、数値が高かったかの積で評価されます。非専門分野の医師の「若いから様子見て大丈夫じゃない?」という対応も危険なため啓蒙が必要です。
数年前から東京大学へ入学したひとは研究も兼ねて血中のコレステロールを測定されていますが、子が大学生の時点より若い方が子も親御さん(子がFHヘテロなら親のどちらかは必ずFHです)も心筋梗塞を起こす確率は下げられます。近年、他県や他の都内自治体で小学校4年生へのLDLコレステロールの数値を測る取り組みが広がり始めています。将来を担う世代、現役で社会を支えている世代の健康を守る取り組みが今後も全国的に広がって行くことを強く期待しています。
仁愛医院・南大谷中学校 内科校医 吉村 中行 先生
(「学校保健」2024年10月7日号より転載)