身近な医療情報
感染症のお話~薬剤耐性という恐怖~
感染症とはどのようなものかわかりますか?
感染症と聞くと、バイキンがたいへんな病気をひきおこすと思うかもしれませんが、みなさんがかかる「かぜ」も感染症の一つです。感染症とは、目に見えない病原体が体に入り症状が出る病気です。病原体は、大きさや構造によって細菌、ウイルス、真菌(カビ)、寄生虫などにわかれます。毎年冬にはやるインフルエンザはよく知っていますね。インフルエンザウイルスという病原体が体に入り、熱を出し、いろいろな症状を出すのがインフルエンザウイルス感染症なのです。
感染症は、病原体と症状のある場所を別々に考えて治療します。
感染を起こす病原体の多くは細菌とウイルスです。病原体が感染して体のどこで悪さをするかで病気の呼び方が変わります。のどで悪さをすればいん頭炎(かぜ)、肺で悪さをすれば肺炎、腸で悪さをすれば胃腸炎といった感じです。よく「インフルエンザだったのですね。かぜではなくて重症なんですよね。たいへん。」といったことをお母さんから聞きますが、インフルエンザウイルスという病原体による感染症をのどに起こしたかぜなので、通常のかぜと大差はありません。ただ、インフルエンザウイルスはかぜから脳炎や肺炎と言った重症な病気になる可能性があるのでお母さんは「たいへん」と思うのですね。
私たちは、感染したものが何なのか、感染して症状を出しているのがどこなのか、両方を考えて治療を進めます。
細菌は抗生剤で治療しますがウイルスにはやっつける薬はありません。「インフルエンザにはあるよ」と思われますが、あの薬はウイルスが増えるのを抑えるだけで、今いるウイルスは悪さをします。病原体の治療に加えて症状に対しても治療します。咳があれば咳止め、下痢には整腸剤で一緒に治療します。
かぜでお医者さんに行くとかぜ薬と称して咳止め、熱冷ましの薬を出されますが抗生剤は出されません(医者にもよります)。理由はかぜの病原体のほとんどがウイルスだからです。お母さんに「念のため抗生剤が欲しい」と言われますが、ウイルスに抗生剤は意味がありません。それだけでなく、この考えが世界的にも重大な問題を引き起こしています。
抗生剤は万能ではありません。 薬剤耐性という恐怖を知っていますか?
最近、抗生剤が効かない細菌があらわれ、世界中で大問題になっています。これが薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)です。薬剤耐性のある細菌をやっつけることはできません。抗生剤を使っても薬の効かない細菌が体に残り、体の中で増えていきます。増えた細菌はつばや便ととともにまわりの人にひろがっていきます。抗生剤が効かない細菌がひろがるのは治療ができない病気が流行するわけでたいへんな恐怖です。
2050年までに人が亡くなる原因のトップになるのは薬剤耐性をもつ細菌による感染症と言われています。あと30年で大変なことになると予想されているのです。医療での問題だけではなく、毎年開かれているサミットでも数年前から問題にされているほどです。
薬剤耐性を獲得した細菌はどのようにできるのでしょうか。一つの原因として、抗生剤の必要がない時の使用があります。体には悪さをせずについている細菌がいます。のど、皮膚、腸などいろいろな細菌がいます。細菌が悪さをした時には抗生剤を使用しますが、ウイルス感染のかぜの際に抗生剤を「念のため」使ってしまうと、悪さをせずに体についている細菌にも影響します。抗生剤を度々使用すると、体についた細菌は抗生剤が効かない細菌だらけとなります。このように、「念のため」抗生剤を使用するのは治療にならないどころか薬剤耐性という悪さをすることになります。薬剤耐性が問題になっているもう一つの理由は、新しい抗生剤が出来ないことにあります。細菌に対して新しい抗生剤を作って治療をしてきた歴史がありますが、最近新しい抗生剤は開発されていません。いまある抗生剤で細菌と戦わなければなりません。病院では必要のない抗生剤の使用を監視するチームがあります。抗生剤に強い細菌がついている患者さんは他の患者さんにうつさないように工夫したり、細菌がさらに抗生剤に強くならないように適切な抗生剤に変更するようにしています。
抗生剤の効かない細菌を作らないためにはみなさんの協力が必要です。
抗生剤が効くのは細菌でウイルスには効かない、かぜの多くはウイルスというのはわかりましたか。必要のない時に抗生剤を使うことが薬剤耐性を起こすこともわかりましたか。
薬剤耐性は、作らない、ひろがらせない、そのために適切な抗生剤の使用をすることが重要です。今後必要なのは、みんなで細菌が抗生剤に強くなることを防いでいくことです。
かぜの時に「念のため」と抗生剤を欲しがらないことです。これは医者だけではなく、みなさんに理解していただき、治療に協力をいただくことも必要なのです。
南町田こどもクリニック ・ 小川小学校 内科校医 佐藤 明弘 先生
(「学校保健」2018年10月15日号より転載)