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若者のひきこもり
【はじめに】
保健所におけるひきこもり事業に、10数年関わっています。全国のひきこもりは、全年代で200万人をこえるといわれています。今回は、就労経験が少ない若者を中心の話です。
【ひきこもりとは】
ひきこもりは“仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6ヶ月以上続けて自宅にひきこもっている状態”をいいます。昔はひきこもりというと自室からも出てこられない印象でしたが、いまは社会参加ができない状態として広くとらえます。家事を手伝い、近くのコンビニで買物をし、目的があれば電車に乗って出かけられても、定期的な対人関係や集団参加は苦手です。
【ひきこもりの背景】
対人関係で緊張しにくいのは家族や親しい友人、次はまったく知らない他人、逆に顔はわかってこれから知り合っていく人にはもっとも緊張します。こういう社交への不安が、社会参加を妨げてしまいます。また、ひきこもりの社会的背景に家族主義があるといわれます。子どもが社会参加できないと、親が子を抱え込み面倒を見続ける。個人主義が強い国では、社会参加ができないと家を出て路上で生活する可能性もあります。
【ひきこもり相談】
31歳、男性。相談にきた母によると小学時は友達と遊び、成績は普通。中学で友人関係に悩み、学校の援助は大きかったが不登校となりました。通信制高はなんとか卒業、しかしアルバイトは3日と続かず。最近10年は自宅でパソコンやゲームをする毎日で、ゲーム関連のイベントに年数回出かけます。「そのうち仕事をするだろう」と両親は見守りましたが、30歳を過ぎたら不安を感じて保健所に相談。様子を聞くと重い精神疾患の可能性は低く、ひきこもりを念頭に話を聞き、おこづかいの額を決め、家庭での役割意識としていくつか家事を任せたらと助言をしました。
【診たてと対応】
保健師が訪問をして本人と会ううちに、本人が専門医相談に来所。「学校やバイトは数日たつと、どう見られているのか気になった」、「普通に仕事をしたい」。基本的な症状を確認後に社交不安障害と考え、すぐに医療機関にかかる必要はないと判断しました。児童思春期は受診のタイミングを間違えると、長年の医者嫌いになってしまいます。
保健師が面談を重ね、ひきこもりグループに参加することになりました。グループで定期的な外出と人中にいることに慣れ→仕事の準備として就労支援などの社会資源利用→状況によっては障害者雇用から仕事を始める方もいます。家族はアルバイトを希望しましたが、報酬を求めると短期間で結果を求められるのが現代です。いきなりダメ出しをされると社会への恐怖心が残り、意欲を取り戻すまで長期間を要します。保護的な家族主義から主体的な個人主義への社会の変化、ひきこもりが増える要素の一つだと思います。
【小中学校でのひきこもり】
生まれた瞬間に、ヒトは何もできません。親などに充分に世話をされて愛着が形成されると、対人関係に安心感をもてます。反対に世話をされず、虐待を受けると、大人になってからの不安症やうつ病は重症化します。義務教育でのひきこもりは、言葉では不登校となります。こころが成長する際の危機を避けるため、一時的な不登校がやむをえないこともあります。しかし、不登校からひきこもりへの移行が多いのは事実です。
小学低学年での不登校が家庭に変化があった時に多いのは、家庭という安心できる場所を踏んで学校という社会へ向うからでしょう。高学年から中学の不登校が同世代の中で緊張をもつようになった時に多いのは、学校は勉強はもとより、同世代の中にいる体験を通じて社会的な成長をする場所だからです。同世代との体験を鏡として、自分は何者だろう?と悩むことで自我は形成されます。まだ曖昧でも学童期に自分を感じられると、自己肯定感をもちやすくなります。
【ひきこもりからの脱出】
家族からの相談に対して、就労への軟着陸には時間がかかると答えざるをえません。現実へと本人が目を向けるまでには、一悶着以上の流れを避けられません。本人が“ひきこもりの相談をしたいな”と感じたら、 社会参加への流れは速まります。
【おわりに】
ひきこもりをキーワードに、社会に向うこころの成長について書きました。 幼児から児童期での基本的信頼感と思春期での自我の獲得はひきこもりを予防、青年期以降の過剰な家族主義がひきこもりを助長します。自分が自分であることの基盤を、小中学校でもてたらと願っています。
町田こころのクリニック・町田市立小学校 精神科校医 中川 種栄 先生
(「学校保健」2019年10月18日号より転載)