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整形外科の特殊な診療領域 「肉腫」
整形外科の診療領域は骨、軟骨、筋、靭帯、神経など運動器を構成するすべてを対象とし、外傷から先天性疾患、変性疾患、リハビリテーション分野と多岐にわたり、新生児から高齢者まで患者数も極めて多いといわれています。
運動器を構成するこれらの組織は、発生起源をたどると中胚葉という胚葉に由来します。胚葉とは多細胞動物の初期胚の段階で、卵割によって形成される多数の細胞が規則的に配列してできる各上皮的構造を言います。外胚葉(表皮・毛髪・爪・皮膚腺・感覚器などへ分化)と内胚葉(消化管・肺・肝臓・膵臓・分泌腺・尿路などへ分化)で形成される場合は二胚葉性と呼ばれますが、外胚葉と内胚葉の胞胚腔に落ち込んだ細胞塊を中胚葉といい、これを持つものは三胚葉性と呼ばれより高等な組織や器官を形成します。
さらに外胚葉由来の神経管から中枢神経系を形成する脊椎動物では、三つの胚葉の区別が顕著となり、複雑な器官が形成されます。中胚葉は体腔およびそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格、皮膚真皮、結合組織、心臓、血管、血液(血液細胞も含む)、リンパ管、脾臓、腎臓、尿管、性腺となります。
腫瘍は自律的で抑制されない増殖をするようになった細胞集団をさしますが、その中で周囲組織に浸潤性に増殖し転移をきたすものを悪性腫瘍「がん」と呼んでいます。がんの中でよく耳にするのは「癌」ですが、癌は上皮性組織に由来するもので、非上皮性組織由来の結合組織細胞に発生する悪性腫瘍は「肉腫」と呼ばれています。整形外科の診療対象から発生する悪性腫瘍はこの肉腫にあたり、悪性骨腫瘍(骨・軟骨から発生)と悪性軟部腫瘍(線維・脂肪・筋・滑膜・末梢神経などから発生)に分類されています。
日本では悪性骨腫瘍の中で40%を占める骨肉腫でも年間登録患者数は200例弱と少なく、がん全体で75万例といわれる年間登録推計患者数の中では極めて稀な疾患になります。悪性軟部腫瘍に至っては10万人に2人程度で、さらに軟部肉腫には多くの組織分類があるため年間数名しか登録されない軟部肉腫もあります。癌の発生率が60歳代を境に急増するのに対し、骨肉腫は75%が20歳未満までに発生し、極めて高い悪性度と症例数の少なさから治療成績はなかなか向上しませんでした。
1980年以前は骨肉腫といえば患肢切断術が行われていましたが、5年生存率は10%程度でした。骨肉腫と診断された時点ですでに肺に微細転移巣が存在していることが原因でした。1980年代初頭から術後化学療法が導入され、その後術前化学療法も導入されるようになり治療成績は飛躍的に向上し、手術療法も患肢切断から患肢温存手術へと移行するようになっています。患肢温存には外傷外科、関節外科、脊椎外科など整形外科のあらゆる知識と技術が集学的に応用されています。
以前は一人の整形外科医が骨肉腫患者に遭遇する確率は一生に一度あるかないかといわれていて、整形外科医でも肉腫という疾患は特殊な領域になります。しかしここ数十年の肉腫に対する治療の進歩はめざましく、30年ほど前には10%前後の5年生存率が最近では80%近くまで上がり、完治まで期待できるようになっています。手術も術後のQOLまで考慮した手術へと変わってきています。整形外科では腰痛、関節痛、骨折などの治療ばかりでなく、特殊な領域になりますがこういった疾患も診療対象となっています。
彦根整形外科クリニック 彦根 亮 先生