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小児における胃食道逆流症
大人では、食べ過ぎやストレスによって胸焼けが起こります。胃液は強い酸性のため、胃液や消化液が食道に逆流して食道の粘膜を刺激すると胸焼けが起こります。のどまで達すると、のどの違和感、慢性の咳嗽(がいそう)、声枯れ、咽頭痛、口内炎などさまざまな症状がでることもあります。近年、これら胸焼けなどの症状がみられる病気が注目されています。以前は内視鏡検査でみられる逆流性食道炎という病名が用いられていましたが、現在では包括的な疾患概念として胃食道逆流症と呼ばれています。
胃食道逆流症は欧米に患者数が多く、日本では少ないと考えられてきました。しかし、食事の欧米化・不規則な食生活・ストレスの増加などで日本でも近年この病気に悩まされる人が増えてきています。子供は、大人のように飲酒・喫煙することはなく、暴飲暴食などといった生活習慣が悪いということもないので、大人に比べると胃食道逆流症は極めて少ないです。しかし、近年は健常と思われていた子供にも胃食道逆流とこれに伴うさまざまな病態が起こることが報告されています。食欲不振、慢性の咳嗽、喘鳴(ぜいめい)、反復する肺炎などの呼吸器症状、喉頭痙攣(けいれん)、喉頭肉芽腫、声門上・下狭窄(きょうさく)などさまざまです。子供でも起こることはあり、そして大人ではしばしば起こりうる疾患であります。これから大人になっていく子供たちにとって今からこの疾患について認識しておくことは大事なことと思い、原稿を書いています。
なぜ子供で胃食道逆流症がおこるのでしょうか。哺乳後の乳児をすぐに布団に寝かせると、簡単に先ほど飲んだばかりのミルクを吐いてしまいます《溢乳(いつにゅう)》。従って、哺乳後は抱いた乳児の背中を優しく叩きながら、ゲップを出させてやる必要があり、ある程度時間が経過してから寝かせる必要があります。乳児の方でも一気に胃がはちきれんばかりに膨満するほどに哺乳してしまうことはありません。また、生後1年未満では胃酸や消化酵素の分泌は成人に比較すると極わずかであり、通常溢乳により咽喉頭領域に問題を起こす可能性は少ないです。
溢乳は嘔吐のように神経反射により制御されたものではなく、その後、定頸(ていけい)から直立へという脊椎の直立支持、呼吸・循環の安定化に伴い減少し、1歳前後に消褪(しょうたい)します。この過程は、離乳食摂取時期に学ばれる咀嚼(そしゃく)運動、呼吸と嚥下(えんげ)運動の連動、咀嚼と嚥下運動との連動、上肢運動と咀嚼運動との連動などの、いわゆる「嚥下の発達」とも相関します。
その後、胃運動性、胃酸の分泌量が成人の域に達するのはようやく10歳ごろであり、身体活動性の発達度合いとは異なり、胃は人知れず地道に成長を遂げることとなります。すなわち、胃の成長は行動範囲や生活様式、音声言語などの眼に見える成長よりも、はるかに時間をかけてゆっくりと起こることに注意が必要になります。また、行動や音声言語といった成長が、教育や指導・訓練により成長度合いに差ができるのとは異なり、胃以下の消化管の成長は、食事は1日に数回は必ず与えられるものですので、緩徐ではありますが確実に起こります。
両者の違い、すなわち教育や訓練により成長が促される行動の成長は脳・脊髄神経系の成熟に起因し、胃以下の消化管は自律神経系の成熟に起因しているのですが、両者は互いに調和し合いながら成長することが望ましいのです。ところが、この均衡がある一定の許容範囲を超えて乱れが生じたときは、身体内でまさしく不調が起こり、身体成長に伴い、一度消褪したはずの胃食道逆流が再燃することとなるのです。具体的には、過度の胃下垂、胃運動性の低下、胃排泄能の低下として現れます。
健常発育をしている子供にこのような「不調」が発症する背景には、行き過ぎた脳・脊髄神経系の教育、自律神経系への抑圧が影響していることが多いのです。これは現代社会における問題ともいえるでしょう。
では、子供が胃食道逆流症にならないようにするにはどうしたらよいでしょうか。
①脊柱や頸部の安定した直立姿勢を保つ(食事、学習、読書時も含めて良い姿勢を保つ)。
②咀嚼運動を十分に行う(よく噛んで、食事の時間をゆったりと過ごす。サプリメントや栄養ドリンク、甘い菓子類や冷たい飲料の大量摂取は控える)。
③消化管自身の体幹運動とは異なる緩徐な、しかし一定のリズムを持った運動性、消化液の分泌機能を育むことを妨げない(夜更かし《ゲームや塾通いなど》をはじめ身体のリズムを妨げることを極力控え、規則正しい生活を過ごす。精神的負荷を与えない《唾液分泌低下、胃酸分泌亢進、胃運動性低下、呼吸リズムの乱れの原因になります》。朝食をしっかり摂り、三食の食事のリズムを保つ《夕食は控えめにする、早い時間の夕食にする、塾に行く前にある程度夕食を済ますなど》も重要です)。
これらは、昔から親や先生など大人たちによく怒られることですが、非常に大事なことなのです。
あいの耳鼻咽喉科医院・町田市立小・中学校 耳鼻咽喉科校医 愛野 威一郎 先生
(「学校保健」2015年10月9日号より転載)